日月潭でチョイノリする
電話の音で目が覚めた。 5時のモーニングコールを依頼していたのだが、15分遅れなのは少しご愛嬌である。
急いでシャワーを浴びてチェックアウトをした。 必要に迫られて乗った鈍行列車であったが、朝の光の中でのローカル線の旅というのは、なかなか趣のあるものだ。 車窓には南国の田園風景が流れていく。
二水駅で集集線に乗り換える。 二両編成の電車に、大量の子供たちと一緒に乗り込んだ。 この線の途中にある、集集駅には様々な野外活動スポットがあり、
遠足やら課外活動の一大拠点であるらしい。 この集集線の車窓風景も山岳風景が広がっており、いい感じだ。
8時33分の定刻に水里駅に到着した。
駅前の商店街で遅い朝食を済まし、10時前にバス停に戻ってくると、そこにはドイツ人風の3人連れを除いては、ほとんどが地元の老人風の方々がバスを待っていた。
そこにやって来たのは、なんともレトロ風のバスだ。 山道の小さなバス停に停まる毎に、何人かの老人が降りていく。 老人達はお互いに知り合いのようで、お別れを惜しんでいるように見える。 隣に座った老人は私に関心があるようで、ちらちらとこちらを眺めている。意を決してか、彼は私に話し掛けてきた。 「あんた日本人か?」 予想外の綺麗な日本語の発音に少しビックリした。 老人の名は「李文龍」 この山里に生まれ、地元の尋常小学校を卒業したとのことだ。 先生は日本人だったらしいから、日本語が上手いのも当然だ。
尋常小学校卒業の後、水道工事に従事した彼は、功績が称えられて表彰されたこともあるらしい。
***************************** 日月潭、それは単なる湖に過ぎなかった。
湖水はバスクリンのような、クリームソーダーのクリームが溶けた状態のような、不思議な色ではある。
チョイノリを借りてから重要な事に気が付いた。 私にとってスクーターに乗るのは人生で二回目だ。 しかも一回目は、十数年前に大学のキャンパスで、
友人のスクーターをものの数分運転しただけであったのだ・・・
多少の心配はあったのか、私の運動神経が凄いのか、チョイノリが本当に「ちょい乗り」なのか、
アクセルを吹かした時のシフトダウン感に、多少つんのめりつつも、5分後には運転も板に付いてきた。
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先程到着した観光センター前のバス停に引き返し、後続の豊榮客運バスに乗る。 終点は埔里(プーリー)という町だ。
この町は台湾の調度ど真ん中に位置するということで、通称「台湾のへそ」と呼ばれているらしい。 台湾全島の地図を見て気付いた事は、この埔里の町を東西に走る国道14号線を東に進むと、霧社という町(日本統治時代の霧社事件で有名)に行く。 そこからさらに東に進むと、台湾中央部の山脈を越え、台湾屈指の名勝である太魯閤渓谷(タロコ渓谷)という所に繋がっている。 太魯閤渓谷をバスで巡れないかと、ここから台湾東部へ向かうバスを探すために、この地を訪れたのだ。 しかし、何軒かのバス会社で路線を確認してみるものの、結果は空振りだった。 一番大きそうな南投客運の説明によると、 東側の一番遠方にある終着点は「翠峰」というところだそうだが、 そこは山の中であり、そこから先への交通機関はバスどころか、タクシーもないだろうということだった。 台湾縦断はいとも容易いが、台湾横断はすごく困難であることが良く分かった。 埔里の町を散策してみるが、特に特徴の無い地方都市だ。 交通の要衝ではあるみたいだが・・・
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埔里からバスで台中に向かう。 台中は台湾第3の大都市であるにも関わらず、ガイドブックにはあまり言及されていない。
あまり観光地として認識されていないということだろうから、日本での名古屋の位置付けに似ている気がする。
台中の街中をぶらついてみる。 路上の屋台に、大阪で言うところの回転焼きと同じような店がある。 中身は小豆餡だけではなく、 コーンや肉が入っているものもある。 小腹が空いたので、たっぷりと高菜が入った回転焼きを食べてみる。 不思議な味だ・・・ 台中駅の駅舎もレトロ感ある建物だ。 駅前の雰囲気といい、台中は台南に似ている。 というか、そもそも台湾の町はどこも似た感じがある。
台北へは準急に相当する「復興」で約3時間の旅となる。 同じ経路を「自強」で行くと約40分短縮されるのだが、今さら急ぐ旅でもないだろう。
復興号もまた機関車に客車が連結されたタイプの列車だ。 運賃が各駅停車と同じであるにも関わらず、
復興号のシートの質感は特急の自強号と全く変わらない。 滑らかな発車と静かな車内は、むしろ自強号よりも勝っている。
お待ちかねの駅弁を食べる。 日本の駅弁のように、ごはんとおかずの区切りが明確ではなく、ごはんの上におかずがぶっかかっている。 列車はいつしか海岸線に沿って走っている。 夕日をバックに大きな風力発電用の風車が並んでいる。 安価な準急列車でも、このような車窓を楽しめるのだ。 やはり旅の価値は金では計れないなと、一人納得する。
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台北駅は線路が地下にあるにも関わらず、地上部にやたらと巨大な吹き抜けのコンコースがある。 台北駅の北側に何軒かのバックパッカー宿が点在しているらしい。 それらしい路地を歩いていると、おばさんが「Happy?」と声を掛けてきた。 Happyは一つの建屋にある宿ではなくて、周辺の幾つかのビルに部屋が点在している。 あいにくシングルは全て満室で、空いているのはドミトリーのみとのこと。
ドミトリーは一部屋に二段ベッドが4つ並んでおり、各々の二段ベッドはパーティションで区切られている。
幸いなことに二段ベッドの相方は居ない。 つまりパーティションの内部は個室も同然ということだ。
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かなり汚いシャワーに閉口しつつも、汗を流した後、街中に繰り出す。
台北駅を南に少し歩くと台湾総統府がある。 この建物は元々台湾総督府であった建物をそのまま利用しており、夜間はライトアップされている。 総統府の西側には、若者の町である西門町がある。 今夜の食事は、この西門町での名物店「阿宗麺線」という店で済ますことにする。
この店は台北のグルメガイドではお馴染みの店である。 長い行列ができているものの、店員の手際よい連携プレーで次々に客は回転していく。
椅子なんて気の利いたものはなく、みんな立ったままや、歩道に座りながら食べている。
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