日月潭でチョイノリする
電話の音で目が覚めた。 5時のモーニングコールを依頼していたのだが、15分遅れなのは少しご愛嬌である。
急いでシャワーを浴びてチェックアウトをした。
やはり駅前のホテルに宿泊したのは正しい選択だった。 5時45分発の始発列車には、余裕に間に合った。
この列車は各駅停車で、台湾では「電車」と呼ばれている。 日本の通勤列車と同じように車両の両端にロングシートがあるタイプだ。
今日は台湾有数の名勝と言われる「日月潭」に行くことにする。 日月潭へは途中の二水駅より、ローカル線「集集線」に乗り換える必要があるのだが、
この集集線が2時間に1本しか運行されていない。 従ってこのような始発の鈍行列車に乗ることにしたのである。
必要に迫られて乗った鈍行列車であったが、朝の光の中でのローカル線の旅というのは、なかなか趣のあるものだ。 車窓には南国の田園風景が流れていく。
途中に「嘉義」という大きな町に止まる。 対面に座っていたビジネスマン風の2人の日本人が「この町には北回帰線が通っているんだ」と話している。
こんなプチ豆知識を仕入れながらの2時間の旅は、全く退屈することが無かった。
二水駅で集集線に乗り換える。 二両編成の電車に、大量の子供たちと一緒に乗り込んだ。 この線の途中にある、集集駅には様々な野外活動スポットがあり、
遠足やら課外活動の一大拠点であるらしい。 この集集線の車窓風景も山岳風景が広がっており、いい感じだ。
終点の1つ手前の駅「水里」が、日月潭への玄関口である。
8時33分の定刻に水里駅に到着した。
この駅周辺に日月潭行きのバス停があるはずである。
駅から百メートルくらい歩いた所にある、豊榮客運(豊栄客運)というバス会社が水里と日月潭とを結ぶ唯一の路線らしい。
カウンターの窓を叩いて寝ている係員を起こし、9時の便のチケットを頼むと、彼は怒ったように小さな張り紙を指差した。 張り紙の内容によると、
春のダイヤより1時間間隔のダイヤが2時間間隔に減便され、9時の便が無くなったらしい。 10時の便まで、この水里の街で約1時間半、時間を潰すことになった。
駅前の商店街で遅い朝食を済まし、10時前にバス停に戻ってくると、そこにはドイツ人風の3人連れを除いては、ほとんどが地元の老人風の方々がバスを待っていた。
そこにやって来たのは、なんともレトロ風のバスだ。
バスの座席は老人たちでほぼ埋まったが、幸いにして席を譲る必要は無さそうである。
山道の小さなバス停に停まる毎に、何人かの老人が降りていく。 老人達はお互いに知り合いのようで、お別れを惜しんでいるように見える。
隣に座った老人は私に関心があるようで、ちらちらとこちらを眺めている。
意を決してか、彼は私に話し掛けてきた。
「あんた日本人か?」 予想外の綺麗な日本語の発音に少しビックリした。
老人の名は「李文龍」 この山里に生まれ、地元の尋常小学校を卒業したとのことだ。 先生は日本人だったらしいから、日本語が上手いのも当然だ。
尋常小学校卒業の後、水道工事に従事した彼は、功績が称えられて表彰されたこともあるらしい。
彼は鞄の中から一冊の本を取り出し、出会いの記念にと私に貰って欲しいと言った。 彼はリタイア後に漢文を研究し、研究結果を自費出版した本とのことである。
折角の好意に、素直に甘えることにする。
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日月潭、それは単なる湖に過ぎなかった。
湖水はバスクリンのような、クリームソーダーのクリームが溶けた状態のような、不思議な色ではある。
バスは湖を約半周して観光センター前に停車した。 日月潭はこのバスの車窓で、既に十分な気がしなくも無かったが、
折角時間をかけて来たからので、少し観光をしてみる。 しかし、それなりに広い湖、歩いて観光するのはちと無謀である。
少し歩くと、スズキのチョイノリが並んでいる店がある。
店主にレンタル料金を訊ねると1時間で150元ということだ。 タクシーを利用して湖岸まで行くよりもかなりお買い得である。
チョイノリを借りてから重要な事に気が付いた。 私にとってスクーターに乗るのは人生で二回目だ。 しかも一回目は、十数年前に大学のキャンパスで、
友人のスクーターをものの数分運転しただけであったのだ・・・
多少の心配はあったのか、私の運動神経が凄いのか、チョイノリが本当に「ちょい乗り」なのか、
アクセルを吹かした時のシフトダウン感に、多少つんのめりつつも、5分後には運転も板に付いてきた。
風を受けて湖岸を走るのは気持ちが良い。 しかし、台湾有数の名勝・日月潭に来て、チョイノリの方が印象に残ってしまうというのは、何とも皮肉なものだ・・・
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先程到着した観光センター前のバス停に引き返し、後続の豊榮客運バスに乗る。 終点は埔里(プーリー)という町だ。
この町は台湾の調度ど真ん中に位置するということで、通称「台湾のへそ」と呼ばれているらしい。
もちろん、台湾のへそに到達して嬉しがるために、ここに来た訳ではない。
台湾全島の地図を見て気付いた事は、この埔里の町を東西に走る国道14号線を東に進むと、霧社という町(日本統治時代の霧社事件で有名)に行く。
そこからさらに東に進むと、台湾中央部の山脈を越え、台湾屈指の名勝である太魯閤渓谷(タロコ渓谷)という所に繋がっている。
太魯閤渓谷をバスで巡れないかと、ここから台湾東部へ向かうバスを探すために、この地を訪れたのだ。
しかし、何軒かのバス会社で路線を確認してみるものの、結果は空振りだった。 一番大きそうな南投客運の説明によると、
東側の一番遠方にある終着点は「翠峰」というところだそうだが、
そこは山の中であり、そこから先への交通機関はバスどころか、タクシーもないだろうということだった。
台湾縦断はいとも容易いが、台湾横断はすごく困難であることが良く分かった。
埔里の町を散策してみるが、特に特徴の無い地方都市だ。 交通の要衝ではあるみたいだが・・・
唯一の成果は裏通りで見つけたカフェ。 マンゴーシェイクが旨かった。
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埔里からバスで台中に向かう。 台中は台湾第3の大都市であるにも関わらず、ガイドブックにはあまり言及されていない。
あまり観光地として認識されていないということだろうから、日本での名古屋の位置付けに似ている気がする。
町中には本当に多くのバス会社が並んでいる。 台湾のバス交通のハブということなんだろう。
ここ台中でも、太魯閤か花蓮への台湾横断バスを確認してみたのだが・・・
どこのバス会社でも、首を横に振られるばかりである。 あたかも、台湾東部への旅は禁句でもあるかのような扱いだ。
「太魯閤、花蓮へは台北まで戻って、鉄道で行きなさい。」 無理を難題を言う外国人旅行者に諭すように説明された。
これ以上がんばっても時間の無駄のようだ。
台中の街中をぶらついてみる。 路上の屋台に、大阪で言うところの回転焼きと同じような店がある。 中身は小豆餡だけではなく、
コーンや肉が入っているものもある。 小腹が空いたので、たっぷりと高菜が入った回転焼きを食べてみる。 不思議な味だ・・・
台中駅の駅舎もレトロ感ある建物だ。 駅前の雰囲気といい、台中は台南に似ている。 というか、そもそも台湾の町はどこも似た感じがある。
台北へは準急に相当する「復興」で約3時間の旅となる。 同じ経路を「自強」で行くと約40分短縮されるのだが、今さら急ぐ旅でもないだろう。
駅の売店で駅弁を購入する。 台湾で弁当は「便當」と表示される。(べんとうの音から来ているようだ)
復興号もまた機関車に客車が連結されたタイプの列車だ。 運賃が各駅停車と同じであるにも関わらず、
復興号のシートの質感は特急の自強号と全く変わらない。 滑らかな発車と静かな車内は、むしろ自強号よりも勝っている。
台湾では快適さよりも時間短縮の方に価値があるようだ。
お待ちかねの駅弁を食べる。 日本の駅弁のように、ごはんとおかずの区切りが明確ではなく、ごはんの上におかずがぶっかかっている。
大きな豚肉と、何かのフライ、焼き魚、煮卵と定番の台湾料理というところか。
列車はいつしか海岸線に沿って走っている。 夕日をバックに大きな風力発電用の風車が並んでいる。 安価な準急列車でも、このような車窓を楽しめるのだ。
やはり旅の価値は金では計れないなと、一人納得する。
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台北駅は線路が地下にあるにも関わらず、地上部にやたらと巨大な吹き抜けのコンコースがある。
無駄な気がしなくもないが、ここは台湾新幹線の始発駅ともなる、文字通りの台北の玄関口なのだから、これくらいの威厳は必要なのだろう。
台北駅の北側に何軒かのバックパッカー宿が点在しているらしい。 それらしい路地を歩いていると、おばさんが「Happy?」と声を掛けてきた。
おばさんは、Happyという安宿に案内してくれようとしているらしい。 一人では探し出せないような雑居ビルの1室にHappyの受付はあった。
案内が無ければ確かに辿り着くのは困難だっただろう。 応対した宿の主人は非常に英語が流暢だ。
Happyは一つの建屋にある宿ではなくて、周辺の幾つかのビルに部屋が点在している。
あいにくシングルは全て満室で、空いているのはドミトリーのみとのこと。
ドミトリーは一部屋に二段ベッドが4つ並んでおり、各々の二段ベッドはパーティションで区切られている。
幸いなことに二段ベッドの相方は居ない。 つまりパーティションの内部は個室も同然ということだ。
夜間の空調付きで1泊600元。 日本円で2千円以上か。 大阪でも新今宮あたりでは1500円でシングルルームがあるらしいから、
安宿としては決して安い部類では無いのだが、台北の物価ではこのあたりで手を打つべきだろう。
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かなり汚いシャワーに閉口しつつも、汗を流した後、街中に繰り出す。
台北駅を南に少し歩くと台湾総統府がある。 この建物は元々台湾総督府であった建物をそのまま利用しており、夜間はライトアップされている。
しかし何て美しい建物なんだろう。 戦前にこの地を踏んだ日本人もこの建物を見て誇らしく思ったことだろう。
空襲の被害が少なかったこともあるだろうが、日本時代の建物が日本以上に大切に保存されているのは、ありがたいことである。
総統府の西側には、若者の町である西門町がある。 今夜の食事は、この西門町での名物店「阿宗麺線」という店で済ますことにする。
この店は台北のグルメガイドではお馴染みの店である。 長い行列ができているものの、店員の手際よい連携プレーで次々に客は回転していく。
椅子なんて気の利いたものはなく、みんな立ったままや、歩道に座りながら食べている。
とろみのある、少し甘めのスープには鰹節の風味が効いている。
スープの中には少しのび気味の素麺とテッチャンのような具が入っている。
並が一杯40元、大盛りでも55元とリーズナブルな価格ながら、噂通りのクセになりそうな美味しさだ。
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