ブッダガヤ
バラナシ・カント駅を昼過ぎに出発した列車は、夕刻にガヤ駅に到着する予定だ。
ブッダガヤに行くという電気通信大学の学生2人と一緒に行動することにした。
座席指定無しのチケットで寝台席に座っていると、検札に来た車掌が席を開けろと言う。
すかさずチケットを見せて、車掌に反論した。 「我々は夕方に降りるので、寝台を利用することは無い」
最後に付け加えた。「ノープロブレム」と。 この言葉に車掌はヤレヤレという感じで退散した。
電気通信大学生は、「すげー!、インド人にノープロブレムと言ってやったね。」と大喜びだ。
私はちょっとしたヒーローになった気分であった。
「ノープロブレム」 このマジックワードに何度閉口させられたことか。
インド人が乱用するこの言葉は、本来の「問題なし」という意味よりも、相手を諦めさせる時に使われる事が多い。
いつかインド人に「ノープロブレム」を言い返してやろうと狙っていただけに、我ながらしてやったりだ。
駅に到着する毎に物売りが乗り込んでくる。 最も愛用したのはチャイ売りだ。
ヤカンを片手に「チャイ!チャイ!」と叫ぶ売り子を呼び止めると、素焼きのコップにチャイを注いでくれる。
素焼きのコップは使い捨てなので、もったいないが、飲み終わると窓から外に放り投げる。
これで1杯わずか50パイサ(2.5円)。 インドでは水よりもチャイの方が安い。
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ホーリー休みの影響か、ガヤ駅周辺の食堂は軒並み閉まっていた。
地元民に食堂のありかを尋ねると、付いて来いという感じで我々を手招きし、「ナンバラ」と連呼している。
「ナンバラ」という店の事を言っているのかと思いきや、確認してみると、「君たちをナンバー1の店に案内してやる」と言いたいようだ。
インド人英語の「R」の発音には独特のクセがある。
彼に付いていくと、ガヤ駅構内の食堂まで案内してくれた。 市内の食堂はどこも閉店しているのだろう。
素朴なゆで卵のカレーライスを注文したが、とても美味しかった。
今夜の宿泊場所として、ガヤ駅のリタイアリングルーム(駅構内の宿泊施設)を覗いてみた。
入り口はカーテン一つで駅構内と繋がっているドミトリーで、一晩中照明が点いている。
ただし、入り口には常に係員がいて、宿泊者以外が入室してくることは無い。
電気通信大学生は治安を気にしてか、駅前のホテルに宿泊することにしたが、
私にはこのリタイアリングルームで十分であった。
南京錠でバッグをベッドにくくりつけて、仰向けになった。 天井を蠢く大型ヤモリも全く気にならなかった。
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明朝、約束の時間に電気通信大学生たちと集合し、ブッダガヤ(Bodh Gaya)行きのオートリクシャーをシェアした。
走り出してしばらくすると、運転手はエンジンを止め、「ガソリンが無くなった」と言い出した。
「給油するから前金を半分くれ」と言うので、あまりにも典型的な詐欺の手口に、失笑しつつも、
前金を渡してやることにした。
しばらく走ると、今度は「エンジンが故障した。 あのバスは仲間だから無料でブッダガヤに連れて行ってくれる」と言い出した。
もちろん、こんな猿芝居を信じるはずもなく、彼の稚拙な詐欺術を余裕で受け流していたのだが、
こんなやり取りを繰り返していたら、いつになったらブッダガヤに到着するか分からない。
仕方が無い、こちらも猿芝居を打つことにした。
いたって冷静な心理状態であったが、怒りにぶち切れた振りをしてみたのだ。
私はリキシャーから降りて運転席の隣に行くと、運転手の胸ぐらを掴み、運転席から引きずり出してみた。
するとどうだろう、高圧的だった彼が、急に腰を抜かして、「ブラザー、殴らないでくれ!」と懇願するではないか。
笑いをこらえながらも、恫喝を続けると、彼は運転を始めた。 そこから先は一度も故障しなかったのは言うまでも無い。
ブッダガヤにて「残りの運賃はいただけるのだろうか?」と遠慮がちに聞く彼に、
「そんな約束はしていないなぁ」とうそぶくと、彼はアッサリと引き下がった。 ちょっとヤリすぎたか・・・
全てではないが、インド人のメンタリティは「強きを助け、弱きをくじく」的なものがある気がする。
下手に出ると、どんどんと図に乗っていく一方で、高圧的な相手には卑屈になる。
今までの学習効果としては、インド人には高飛車な態度で臨むほうが良い結果が得られる。
しかし、今回はたまたまうまく事が運んだが、相手を間違えれば痛い目にあっていたかも知れない。
初日のショックの反動からか、急激にインドに慣れ、むしろインド人を舐めつつある自分自身に、危うさを感じた。
「ちょと調子に乗りすぎているな。」
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ブッダガヤは仏陀が悟りを開いた地として、仏教の重要な聖地である。
日本を含む世界各国の寺院が並んでおり、通常のゲストハウスよりも寺院の宿坊で宿泊する方が一般的である。
チベット寺の宿坊が有名らしいが、他の寺の宿坊も確認してみる。
寺院街の外れにブータン寺があった。 宿坊の料金は4人部屋で20ルピー(100円)。 3人でルームシェアすることにした。
村の中心にあるマハボディ寺院(大菩薩寺)には、仏陀が瞑想をしていたと言われる菩提樹がある。
かの麻原彰晃が数週間前に訪れ、この木の下で座禅を組んだという。 私もお遊びで座禅を組んでみる。
干上がった川の対岸には、某乳製品メーカー名の由来となった、スジャータ村がある。 3人で訪問してみるも、こちらも数軒の集落といった感じだ。
ブッダガヤ村を夕日が染めていく。
仏陀もこの夕日を見て、極楽浄土を思い描いたのだろうか。
デリーやバラナシでの喧騒とは無縁の、落ち着いた場所だ。
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翌日の夕刻、ガヤへの帰路の足としてオートリクシャーをチャーターした。 東大生と東京芸大生の2人連れ、大阪府立大生の個人旅行者を合わせ、日本人ばかり総勢6名でのシェアだ。
(ちなみに東京芸大生は長唄科というマイナーな学科に属しているという。)
しかし、私を含めてインド個人旅行者には国公立大学生がやたらに多いのは不思議である。
ホーリー色粉攻撃に備え、幌を密封した状態で、オートリクシャーは疾走する。 かなりのスリル感だ。
それでも、時折、色粉をぶつけれたような衝突音を感じる。
ガヤ駅で、カルカッタのハウラー駅までの寝台車の当日券を購入した。 列車に乗り込むと、1車両に私一人であった。
幸運にもガヤ駅から連結された車両であるようだ。
機嫌良く車輌を占有していたのも束の間、深夜2時を回った頃に、6人組の乗客が乗り込んできた。 彼らは私の寝台の下に座ると、大声で歌い出すではないか・・・
風習の違いがあるとは言え、何と言う非常識なんだろう。 さすがに怒りを覚えた私が天井を蹴り上げると、彼らはビックリして大人しくなった。
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